活動略史

2019年11月1日(木) 

安井憲郎が、自身のホームページ「GCLASS.JP」およびFacebook「廃線跡・未成線研究会」にて、お茶の水橋のアスファルトの割れ目から顔をのぞかせていた戦前の都電レールが、工事のため掘り起こされ撤去されたことを報告

2019年11月2日(土) 

山内貴博が現地を訪問し、都電レールが撤去されていること、しかし枕木が残されていることを確認

山内は、の場で現地の看板に書いてあった施工者に電話をかけ、貴重な遺産なので保存・活用を考えられないかと打診したところ、現場事務所所長は、事前調査で都電のレールが上下4本80mに渡り埋まっていることが判明していたこと、まだ1.5mくらいしか撤去していないこと、自分もレールのことが気になっていたので、山内から電話があったことを週明けに発注者の千代田区に伝えると確約してくださる。

2019年11月4日(月・祝)

荒井聡が、Facebook「廃線跡・未成線研究会」にて、撤去されたレールが廃棄されずまだ工事現場に残されていることを報告。古く貴重な「溝付きレール」であることが確認される。

2019年11月4日(火) 

山内が千代田区役所環境まちづくり部道路公園課に電話し、現地に埋まっている都電のレールは戦前から残された貴重な遺構であり、廃棄されるのはとても勿体ないとFacebook上で話題になっていると伝えたところ、すでに現地事務所から、土曜日に私からそのような申し入れがあったことを伝え聞いている、レールの歴史的価値について理解したので、有効活用について検討・協議を始めたい、施工者には、レールは廃棄しないよう指示した、との回答をいただく。

2019年11月5日(水) 

山内、安井、荒井の3名が発起人となり、Facebook上で「お茶の水橋都電レール保存会」を結成。Facebook「廃線跡・未成線研究会」及び「あの頃の都電・いまの都電」を中心に参加を呼びかけ、都電研究の第一人者である笹目史郎を含め、多数の参加者を得る。

2019年11月14日(木) 

「お茶の水橋都電レール保存会 旗揚げの宴」(初めてのオフ会)を開催。

2019年11月28日(木) 

山内、安井、村上伸の3名で、保存会として初めて千代田区役所環境まちづくり部道路公園課を訪問。保存・活用に向けて前向きに検討したいとの確約をいただく。

と同時に、現時点の工事計画ではレールを切り刻まざるを得ず、計画の変更には予算措置と工期延長が必要で、レールを切り刻まない工法に変更することは極めて困難との説明を受ける。

2019年12月6日(金) 

千代田区道路公園課より村上に、掘り出されたレールの「ホールマーク」部分の画像が提供され、1930年に英国のBolckow, Vaughan & Co., Ltd社により製造されたものであることが確認される。「T.M.T.」が何を意味するかは未解明。なお、現在の2代目お茶の水橋が架橋されたのは1930年である。

2019年12月13日(金) 

保存会メンバーと、藤村健一郎(都電網研究会)、清水達也(東京電車道)が会合。藤村、清水より「神明都電車庫跡公園」(文京区)に戦前の都電車両「乙2号」が保存されていることが報告され、「戦前の都電車両」と「戦前のレール」の組み合わせによる活用が構想される。

2019年12月26日(木) 

千代田区道路公園課から村上に、研究資料用としてレールサンプル3個が下付される。

2019年12月28日(土) 

産業考古学会鉄道分科会のご紹介で、レールサンプルのうち1個が京都鉄道博物館に収蔵される(安井が持参)。

2019年12月29日(日) 

レールサンプルのうち1個が、安井の手により、産業考古学会理事の小西伸彦先生(岡山県・就実大学非常勤講師)に託される。小西先生は、レールサンプルを岡山シティミュージアムに寄贈される予定。

2020年1月23日(木) 

第2区画から、レールのみならず敷石も、ほぼ原形と思われる状態で出土したことが確認される。

(以上、本サイト開設日(2020年1月25日)に作成)